飲食アルバイトから飲食社長になったの人たちの話

本日、新聞(日経MJ)を読んでいたところ吉野家HDの社長・河村泰貴さんのインタビューが掲載されていました。
まず「若いなー」というのと(なんと46歳!)、アルバイト出身だったというのが非常に印象に残りました。

そこで今回、アルバイトから社長になった飲食業関係の人を取り上げてみます。
「アルバイトから社長にもなれる」というのは、非常に夢があるのではないでしょうか。

 

河村泰貴社長(吉野家)

既に元記事はなくなっているのですが、過去に特集ではこんなことを書かれていました。

高校卒業後、5年間吉野家のアルバイトとして現場で接客業務を経験し、1993年に入社したたたき上げ。
(http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120627/dms1206271130009-n1.htm)

アルバイトとして5年間の現場感覚を培って、その後入社。
新入社員なものの当然現場のことはよく理解しているわけで、そこから更に店舗マネジメントなどの社員しか触れられないところに触れていったのかもしれませんね。
河村社長は吉野家に入社後にグループのはなまる(うどん)取締役になり黒字化に成功したなどの経緯もあります。

現場だけでなく数値マネジメントに長けているところから社長になれたとも言っていいでしょう。

 

安部修仁社長(吉野家)

有名な話ですが河村社長の前の社長・安部修仁社長もアルバイト上がり。
Wikipediaにもその経緯は書かれています。

高校卒業後、プロのミュージシャンを目指して上京、R&Bバンドを結成して活動する傍ら、吉野家でアルバイトとして働いていた。その後、音楽の道を諦めた安部は、1972年(昭和47年)に松田瑞穂に採用され、正社員として株式会社吉野家(吉野家ディーアンドシーを経て現在の吉野家ホールディングス)へ入社した。
安部修仁 – Wikipedia

元々はミュージシャンを目指していたところからの転機。当時は社長になるということはさすがに想像していなさそうですよね。
一方でその頃から飲食業に対しての才気があったのか入社後すぐに店長に抜擢されたとの話もあります。

「安部さんはバイトとしても優秀で、当時社長だった松田瑞穂氏の目にとまり、正社員に誘われます。最初に吉野家第1号店の築地店に配属され、その後、新宿東口店の店長に抜擢される。当時22歳。入社してから、まだ4カ月でのことでした」
吉野家「伝説の男」高卒バイトから社長への成り上がり半生 – ライブドアニュース

吉野家は一度倒産しているのでその時に安部さんも紆余曲折あったようですが、晴れてその後に社長に。

 

櫻田厚(モスバーガー)

桜田社長は元々叔父が創業者。
これだけ見ると血縁関係があったからでは?と思われますが、そういうわけでもなさそうです。
インタビュー記事でとても象徴的な発言があります。

月に540~550時間は働いていましたね。当時は1日18時間働くのは、なんてことなかったですね。

「店長にはどれぐらいでなれるんでしょうか」と聞いたら、「普通は3年ぐらい」と言われたので、1年で店長になろうと決めました(笑)。

ほかの人が12時間働いているときに、18時間働いたら、6時間分だけ毎日多く学べる。そうすれば、3年間というスパンが短くなるのは当たり前。おかげさまで、8ヵ月で店長になれました。

すべて「株式会社モスフードサービス 櫻田厚 | メディア掲載事例|ヘッドハンティング・転職支援 | プロフェッショナルバンク」より。

飲食業の労働時間に悩んでいる社員の人が見たら悲鳴を上げてしまいそうな話ですが(笑)、これくらいの熱意を持って取り組んでいたというわけですね。
ただ、この長時間労働だけに目を奪われてしまうと本質が見えにくくなります。

ハンバーガー業界に限らず、牛丼チェーンでも、コーヒーショップもでもそうなんですが、お店にどういう変化があったのかとか、そのお店でお客さまがどういう方で、どういう表情で何を召し上がっているのか、というのを見ていると本当に楽しいんです。

長時間、というよりも「好きこそものの上手なれ」なんでしょうね。

 

アルバイトをただの時間労働にするのはもったいない

飲食の中でも代表的なアルバイトから上がった社長をピックアップしてみました。
全体的に言えることは各々独自で情熱を持って働いていることですね。

アルバイトは決まった時間働けば決まったお金がもらえるというものですが、こうやって夢を広げていくことで同じ1時間を働くにしても全然違った見え方もしてくるかもしれません。


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